ヨルダンでインディ・ジョーンズになれる!?謎の古代都市ペトラ遺跡。その内部と行き方

ヨルダンでインディ・ジョーンズになれる!?謎の古代都市ペトラ遺跡。その内部と行き方

さて、今回の旅のメインの目的地である、ヨルダンでペトラにある遺跡郡を回ってきたので記事にしたいと思います。
最近写真上げられないせいで記事のアップが止まってた、、ヤバイ。一気に公開せねば。

ペトラ遺跡とは?

ペトラ遺跡とはヨルダン・ハシェミット王国にある古代遺跡です。過去にナバタイ人と言われる人達が作り上げた都市で、その交通の便から主にキャラバンの中継地点として栄えました。

現在では、荒野の中に突然現れる砂漠の遺跡として、インディ・ジョーンズのような体験ができることなどから様々な国から観光客が訪れる観光地として人気を博しています。

しかし、その観光とはいうものの遺跡であるためその歴史的価値は非常に高く、今もアメリカのブラウン大学をはじめとして様々な研究機関が発掘を行っており、つい昨年にもメインの見どころであるエル・ハザネの地下に新たな墓が発見されました。

ペトラ遺跡は若いうちに行っておけ!

最初に皆さんにお伝えしたいのは、ペトラ遺跡を満喫するためには「若いうちに行け」ということです。

理由としては以下のようなことが挙げられます。

  • ヨルダンの気候
  • リアルインディ・ジョーンズ

ヨルダンの気候


ヨルダンは砂漠・荒野の国です。国土の大半が荒野になっており、そのなかにぽつぽつと町があります。

そんな、荒野と砂漠の国。そりゃあ、もちろん乾燥してるわけです。

自分は喉が弱いのも理由としてあるのですが、空港からペトラに向かう数時間で喉がやられてしまいました。また、外に出ると砂がすごいのでそれによっても喉を傷めつけられます。

さらに、乾燥だけでなくその気温がすごく厳しい。砂漠って昼は日照りですごく熱くなるのですが、夜は冷えるんですよね。その寒暖差と言ったら15℃くらいが普通。夜が20℃くらいで熱い時間帯は35℃になります。とても信じられない寒暖差ですよね。

こんな気候なわけなので、体の弱い自分は長期滞在絶対できないなと思いましたね。。。

だから、若いうちに行っておいて本当に良かった。年取ってからじゃマジでホテルで寝てるだけだったかも。。。。。

リアルインディ・ジョーンズ


今回はナバタイ人のガイドの方にペトラ遺跡の中を案内してもらいました。遺跡内は舗装されている場所と舗装されていない荒れている足場と、さらに未開の獣道の三種類があります。

ナバタイ人のガイドの方と一緒に行くと、現地の人が良く使う裏ルートを紹介してくれトレッキングすることが出来ます。

ただ、これが超本格的。。。。とんでもない道を普通に歩かせてきます。いや、歩くではないし、道でもないですね。飛んだり壁に沿って這ったり、まぁ、うん30代くらいまでかなこんな無茶できるの。

ペトラは奇岩がたくさんある地域で崖を上ったり下りたりとアップダウンの激しいエリアです。当然、トレッキングはそのアップダウンをもろに繰り返しながら目的地を目指すことになりますので、体力的にも相当な消耗をします。朝早くから行かないとお昼には確実に熱中症になりますね。

そんなわけで、若いうちにこういったトレッキングを楽しむという意味でも、なるべく若いうちにペトラ遺跡を楽しみに行くことをおすすめします!大学生よペトラへ行け。

ペトラ遺跡の内部

ペトラは古代の超巨大都市です。すべての見どころを楽しむためには、三日ほど必要になるでしょう。しかし、メインのエル・ハザネなどを楽しむだけであればさほど時間は必要ありません。主な見どころを以下で紹介していきますね。

古代ナバタイ人のお墓


ペトラ遺跡のメインゲートを抜けると、立方体型の岩が現れます。

これは、古代ナバタイ人のお墓で下の方に人が入れるくらいの穴が開いているのが特徴です。

古代ナバタイ人のお墓はこのような立方体型のものや、岩壁に洞穴を作ってそこをお墓としている場合と2種類の形式があります。前者は大体、身分の高い者のお墓で、後者は一般庶民のお墓であることが多いです。

また、ナバタイ人の死生観は非常に独特で、お墓のが死者の家になるわけではなく、お墓の隣に死者の家を同様に作ってあげます。

そのため、岩肌の至る所に洞穴が見て取れます。死者の家と、お墓の違いは周りに装飾があるかないかです。お墓は周りに装飾のような彫刻がされているのに対して、死者の家はぶっちゃけただの洞穴です、このような洞穴が無数にあるのがペトラ遺跡の謎を深めている部分でもありますね。

シーク


シークって聞いてゼルダ思い浮かべた人絶対いるでしょ!自分は思い浮かべましたw

シークとは崖と崖の間にある細い道です。つまり谷。

シークは人がすれ違うのがやっとな部分もありとても狭いのですが、その岩肌の色や形は非常に荘厳な印象を受けます。

とても高い崖の間を通り抜けていくのは非常にエキサイティングでまさに宝探し・遺跡探索をしている気分になれます!

このシーク、実は昔は水路として活用されていました。ペトラは水利の技術が非常に発展した都市でした。水の少ない砂漠の環境がこのような技術を発展させたのでしょう。

シークの壁となっている崖を見てみると雨どいのように水路が走っているのが見受けられます。これがエル・ハザネの目の前まで続いており、ダムへと水を運んでいたそうです。

エル・ハザネ


現地では、皆Treasuryと呼んでいるペトラ遺跡のメインの神殿になります。全て、岩を削り出して造形されています。この神殿はシークを抜けると突如出現し非常に荘厳な雰囲気を醸しながらペトラへ訪れてきた客たちを迎えます。

数年前までは神殿の中に入れたのですが、現在は落書きが原因で中には入ることができなくなっています。こういったことがあると、折角の世界遺産なのにちょっと勿体無いですね、、、残念。

また、この神殿はいまだに謎が多く、直近の研究では地下に新たなお墓が発見されたようで、徐々に新事実も見つかっているようです!

この場所にはいつでもたくさんの人が居て、謎の神殿を眺めて居ます。

ちなみに、昔は頂上にある壺に宝があると信じられていてその壺を破壊しようと銃撃を行った跡も残っています。

そのほか、花の彫刻は30あってそれぞれが1日を、柱が12本あってそれぞれ月を示していると言われています。みなさんもよく目を凝らして見てみては?

円形闘技場


古代ナバタイ人は皆、掘ることしかして居ませんでした。だから、エル・ハザネやお墓はすべて岩を彫って造られたものです。しかしながら、この円形闘技場は全て建築されたものになります。

つまり、古代ナバタイ人が作ったのではなく、古代ローマ人が建築したものなのです。

古代ローマ人は、ここペトラに川を作ったり神殿を作るなど、さらなる発展をもたらしました。

しかし、この頃からナバタイ人の力は衰えていき、最後にはペトラは遺跡となってしまうのです。

この円形闘技場では闘技場の後ろに作られた洞穴と、闘技場による古代ナバタイ文化&古代ローマ文化のコラボレーションが非常興味深い見所ポイントです。

王家の谷


王家の谷と聞くとエジプトを思い浮かべる方がほとんどだと思いますが、ここペトラにも王家の谷は存在します。

古代ナバタイ人の王家や有力者たちの荘厳なお墓が沢山あるのです。

コレらの墓を構成する岩は全て砂岩でできているため風化が激しいですが、とても大きく荘厳なお墓たちが集まっているので必見です。

特に、マーブルのような柄は砂岩特有の独特な発色をしているので注目してみてくださいね!

まとめ

ここまで、ヨルダンはペトラ遺跡のお話をしてきましたが、全然書ききれていません。ペトラは非常に大きい遺跡で、かつリトルペトラなどの少し離れた遺跡群もあるのでそちらの方も確認してみてください!

最後にヨルダンのギャラリーつけておきますね!

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